Q公立中学における部活動等の柔道練習中に脳損傷となった場合に,損害賠償は誰にどのように請求できますか。---子ども・教育問題は,むさしの森法律事務所へ
部活の柔道練習中に顧問教師の投げ技から頭部打撲はなくとも硬膜下出血を発症して高次脳機能障害となった元中学生に自賠責基準5級2号を当てはめて市と県に対する損害賠償請求を認めた判決があります。
横浜地裁 平成23年12月27日判決
事件番号 平成19年(ワ)第4884号 損害賠償請求事件(確定)
<出典> 自保ジャーナル・第1865号
(平成24年3月8日掲載)
事故は,平成16(2004)年12月24日に発生しました。被害者は,当時15歳の市立中学校3年生であり,技をかけたのは当時26歳の学校柔道部顧問教師でした。
なお,同教師は,大学生時代に柔道部に所属して大会優勝の経験もありました。
事件の被告としては,中学校がある市,教員の給与を支払い費用負担をしている県,そして,その教師自身でした。
なお,判決では,公務員本人は責任を負わないとする最高裁判決を引用して教師の個人責任はないとしております。
2 どのような事実経過で怪我をしたのでしょうか(クリックすると回答)
被害者の少年(これから,少年と呼びます。)は,平成16年12月24日午後3時ころから,柔道部の練習に参加した。
少年は,準備運動や柔軟体操,回転運動(前転や受け身等)をし,打ち込み,投げ込みの練習をした後,2名の生徒とそれぞれ各数分間の乱取りを行った。
問題となった顧問教師(これから,教師と呼びます。)教師も,その間,2名の生徒と乱取りを行った。この間は,特に変わったことはなかった。
乱取りに当たっては,本来,4分程度を1セットとして乱取りを行った後,30秒のインターバルをおいて,その後に再び,通常は別の者と乱取りが行われることとされている。
1セット分の4分が経過した時点及びインターバルの30秒が経過した時点では,ブザーが鳴る。インターバルは休憩も兼ねている。
教師は,乱取りの2セット目が終了した後,(少年に)「やろう」と声をかけ,同日午後3時50分ころから,本件乱取りを開始した。
少年と教師は,本件乱取りにおいて,合計2セット(3セット目と4セット目),続けて練習を行った。
教師は,本件乱取りにおいて,少年に対し,小内刈り,背負い投げ,一本背負い及び体落とし等の技をかけた。
少年も,教師に対して,技をかけ,教師を投げたときもあった。
教師は,上記の後,少年の柔道着の襟首をつかみ,絞め上げたため,
少年は,いわゆる「半落ち」の状態(頸動脈を一過性に閉塞させ,脳虚血を生じさせ,意識障害を発生させている状態。意識はなくなっているが,手足をばたつかせている。)となった。
教師が,2回ほど横隔膜を押しほほを1回平手打ちしたことで,少年は意識を取り戻したので,教師は,少年と乱取りを再開し,教師は技をかけた。
3セット目の終了を告げるブザーが鳴った後も,教師は,休憩を入れることなく,起立した状態の少年と組み合っていた。
ただし,この際には,動き回って技をかけ合うということはなかった。30秒のインターバルの終了を告げるブザーが鳴った後,教師は,小内刈り,背負い投げ,一本背負い及び体落とし等の技を少年にかけていた。
教師は,少年の柔道着の奥襟(首の後ろ部分)を持っていたところ,少年がかけてきた一本背負いをつぶし,そのまま少年に,絞め技(袖車)をかけたものの,うまくかからなかったことから,少年が意識を失う前に手を離した。
少年は,午後4時ころ,上記教師が手を離した際,教師から,ほどけた帯を直すよう指示され,直そうとしている最中に,突然,けいれんを起こして倒れ,意識不明となり,B病院救命センターに救急搬送された。
☆ 以上のとおり,少年は,一旦は半落ちとなっており,その後も乱取りを続けており,休憩を入れることなく,組合をしてさらに投げ技をかけています。
しかし,認定されている事実からすると,半落ちの後も少年は一本背負いをかけるなどしており,一見すると普段と変わりないようにも見えます。
だが,突然,けいれんを起こして倒れ,意識不明となりました。
3 どのようにして脳損傷となったのでしょうか。(クリックすると回答)
少年は,同センターに到着した時点(午後4時51分ころ)で,昏睡状態にあった。
直ちに頭部CTが撮られたところ,右前頭~右頭頂部に急性硬膜下血腫が認められ,また,著明な右大脳半球の浮腫が認められたため,同日,緊急で,減圧開頭血腫除去手術が行われた。
同手術中,少年の脳内のラベ静脈が一部裂けており,そこからの出血が確認された。
この出血が上記の急性硬膜下血腫の原因である。
ラベ静脈は,頭蓋骨と脳とをつなぐ架橋静脈のうちの一つであり,頭部への直接の打撲がなくとも,頭部に回転力が加わり,あるいは激しく揺さぶられ,急激な加速とそれに対する急激な別のベクトル方向への加速が加わり,頭蓋骨と脳との間に大きなずれが生じることによって,ラベ静脈に引っ張られる力の負荷がかかり,その結果,ちぎれて損傷する可能性がある。
少年がB病院救命センターに到着した際,少年の頭部に,明らかな外傷は認められなかった。
☆ 少年は,昏睡状態で搬送されて,頭部CTに急性硬膜下血腫が認められ,緊急減圧開頭血腫除去手術が行われました。頭蓋骨と脳とをつなぐ架橋静脈のうちの一つであるラベ静脈が一部裂けて急性硬膜下血腫の原因となったのです。まさに,柔道における投げ技による回転運動による加速によって生じたものでした。
4 どのような理由で学校側の責任を認めたのでしょうか。(クリックすると回答)
少年を含む原告は,過失責任のみならず,制裁あるいは体罰として故意責任も主張しました。
しかし,判決は,故意責任は否定し,過失責任として認めました。
そこに至る理由付けは次の通りです。
(1)柔道は技能を競い合う格闘技であり,本来的に一定の危険が内在しているから,学校教育としての柔道の指導,特に,心身ともに未発達な中学の生徒に対する柔道の指導にあっては,その指導に当たる者は,柔道の試合又は練習によって生ずるおそれのある危険から生徒を保護するために,常に安全面に十分な配慮をし,事故の発生を未然に防止すべき一般的な注意義務を負う(最高裁平成6年(オ)第1237号 同9年9月4日第一小法廷判決・裁判集民事185号63頁参照)。
(2)教師は,柔道部の顧問であり,各種大会で優勝経験もある,当時26歳の男性であるところ,他方の少年は,当時中学3年生にすぎず,両者の間には,明らかな体力差と技術差が存在する。
柔道の死亡事故の60~70%以上が,急性硬膜下血腫を原因としていると認められる。
また,柔道は格闘技であり,死亡や重大な傷害が生じる危険のあることは,一般的に知られているところである(公知の事実)。
教師は,絞め技により,少年を「半落ち」状態に陥らせ,その後,覚醒させたものの,少年は,意識がもうろうとし,通常時よりも受け身がとりづらく,
また,首の固定が十分ではないため頭部に回転力が加わりやすい状態にあったのであり,そのような状態で乱取りを続ければ,重大な傷害の結果が生じる危険性があったものということができる。
そして,そのことを柔道の指導者である教師は認識することができたものというべきである。
それにもかかわらず,教師は,少年が上記の状態にある中で,少年を休ませることなく,そのまま乱取りを再開し,3セット目の終了のブザーが鳴った後も,組み合ったまま,4セット目に入り,乱取りを行っており,その結果,少年の傷害を生じさせている。
(3)以上からすると,上記「半落ち」後にそのまま乱取りを再開すれば,少年に重大な傷害結果が生じ得ることは,教師において,予見することができたといえる。
そして,少年が中学3年生であることに照らすと,教師である教師においては,乱取りを中止したり,休憩を取らせるなどして,少年の意識が正常な状態に回復するのを待つべき義務を負っていたといえる。
しかるに,教師は,そのような措置を取らず,そのまま乱取りを再開し,少年に傷害を負わせたのであるから,上記義務を怠った過失があると認められる。
(4)被告らは,頭部に強い回転力が加わったことにより,ラベ静脈が損傷し,急性硬膜下血腫が生じるとの事態はまれであり,一般的に認知されていないから,教師において,それを予見することは不可能であると主張する。
しかし,教師が,被告らの主張する厳密な機序まで予見することができなかったとしても,上記のとおり,重大な傷害結果が生じ得ることは予見可能であったから,そのことは,上記認定を左右しない。
教師は,本人尋問で,少年が「半落ち」となり,蘇生措置を講じた後,少年の意識がはっきりしているかどうか,目が相手を追っているかどうか,しっかり歩けているか,組んだときに力が入っているかという点を確認したが問題はなく,少年の腕にも力が入っていたと供述する。
しかし,教師の供述は,直ちに信用することができないものである。
また,仮に,教師がそのように思ったとしても,少年には,「半落ち」となった後に重大な傷害の結果が生ずる危険性があり,そのことを教師は認識することができたから,教師が注意義務を尽くしたとは認められない。
(5)以上の点を総合すると,教師には,故意があったとまでは認められないものの,過失が認められる。
☆ 柔道は,危険を伴う競技であることを前提としています。
その上で,学校という環境では,指導する教師と指導される生徒(あるいは児童)との間では,明らかな体力差と技術差が存在することから,教師に十分な体調管理をして重度な傷害となることを予見し防止する義務があるとしています。本件は,「半落ち」状態になったにもかかわらず,そのまま乱取りを継続したことを重く見ています。
どのようにして急性硬膜下血腫が生じるかのメカニズムについての具体的な知識や事実の予見までは必要ではないとしています。
5 高次脳機能障害の認定はどのようにしたのでしょうか(クリックすると回答)
急性硬膜下血腫を原因として,高次脳機能障害となったと判断している。
その判断は,脳画像所見(受傷時のCT画像において,急性硬膜下血腫により右側脳室後角部分が強く圧迫されており,その後のMRI画像において,右の海馬に高度の萎縮が起きている。),
神経心理学的検査結果(平成17年3月25日,同年10月14日,平成19年10月30日及び平成21年2月27日に神経心理学的検査が実施され,同日の最終検査結果において,
臨床心理士は,「新しい知識の獲得はできていない。」「注息・記憶の制約や創意工夫の乏しさが続いていて,課題遂行能力に大きく影響していると考えられ,
認知面の問題は現在も強く残っている。」などの所見を示している。)などを前提に,上記MRI画像で海馬(記憶機能に強く関係する脳の部位)の萎縮が見られること及び受傷後長期にわたって重度の記憶障害が生じていることから,
上記海馬の萎縮は外傷性のものであり,この萎縮により記憶障害が生じているとするものであって,その判断過程に特段不自然な点は見られない。
☆ 神経心理学的検査(いわゆるウェクスラー成人知能検査)においては,回数を重ねる毎に点数も上昇して,最終的には,ほぼ正常値となっていました。
また,日常生活もほぼ自立できていました。しかし,その後の少年の学歴及び学業成績(高校進学卒業後に専門学校卒業),さらには職歴においての問題点,
あるいは,認知面が労働能力に与える影響としての意思疎通・持続性等が著しく低下している点から,自賠責等級の認定基準にならって5級2号相当としたのです。
6 後遺障害に対応する損害賠償基準としてはどうでしょうか(クリックすると回答)
交通事故の訴訟基準で逸失利益,慰謝料を認定しています。