Q民間の柔道教室での練習で怪我をした場合に損害賠償を請求できますか。---子ども・教育問題は,むさしの森法律事務所へ
民間の柔道教室における練習中に主宰者の投げ技から頭部打撲はなくとも硬膜下出血を発症して遷延性意識障害(植物状態)となった元小学生に対する主宰者の安全配慮記無違反にも度つく損害賠償請求を認めた判決があります。
長野地裁松本支部 平成23年3月16日判決
事件番号 平成21年(ワ)第166号 損害賠償請求事件
<出典> 判例時報2155号75頁
事故は,平成20(2006)年5月27日に発生しました。被害者は,当時11歳の小学生であり,技をかけたのは柔道教室を主宰する柔道4段のベテランでした。
事故当時の体格は、小学生が身長146㌢㍍、体重43㌔㌘であったのに対して主宰者は身長180㌢㍍、体重83㌔㌘でした。
事件の被告としては,柔道教室の主宰者本人の他に,主宰者の加盟する柔道関連の協会,そして指導すべき立場にあるとされた所在地の市でした。
なお,判決では,柔道教室を経営していた主宰者のみの安全配慮記無違反による責任を認めて,その他の被告には責任はないとしました。
2 どのような事実経過で怪我をしたのでしょうか(クリックすると回答)
(ア)(平成20年5月27日) 午後9時10分ころ,乱取り稽古の最後の段階で,被害者となった小学生(これからは小学生と呼びます。)は,柔道教室の主宰者(これからは主宰者と呼びます。)と乱取り稽古をしていた。
主宰者は,小学生に,大内刈りから背負い投げの連続技をかけさせ,主宰者が3,4本投げられた。
続いて,主宰者は,小学生に背負い投げをかけさせ,主宰者がこれを受けてかわすことを2回繰り返した後,主宰者は1回投げられた。
その後,主宰者は,小学生を切れよく片襟の体落としで投げた。
なお,主宰者は投げた際,小学生の右腕を引き上げ,小学生は,投げられた際,畳に頭を打つことはなかった。
(イ)小学生は,主宰者と組手を組み直して乱取りを再開し,組んだ状態で10秒から20秒程度畳の上を移動した後,突然崩れ落ちた。
主宰者が小学生の道着を持ったまま引き上げて問いかけると,同人の目は開いているが焦点がぼんやりしている感じであった。
主宰者が,小学生を畳の上に寝かせようとすると,同人は畳に手を付き立ち上がろうとした。
主宰者は,小学生をそのまま横にさせたが,目の焦点がぼんやりしている様子であったため,呼びかけると焦点がしっかりしてきた。
主宰者は,小学生に対し,「先生分かるか」と聞くと,小学生は「分かる」と答えたが,大事をとって1分程寝かせて休ませた。
(ウ)主宰者が小学生に対し,起きあがるように言うと,同人は立ち上がり,水飲み場に歩いて向かった。
その際,主宰者とその兄が付き添い,主宰者が小学生の背中に手を添えるようにした。
小学生は,トイレで水道から水をすくって口にした後,洗面台に寄りかかって10秒ほどゆっくり呼吸をしていると再び目の焦点がぼんやりしたため,主宰者が両脇に手をやった。そして,主宰者は,小学生を移動させ,道場入口の廊下に座らせたところ,小学生は,口から泡のような唾と葉っぱのようなものを吐き出した。
主宰者は,小学生を横にさせ,右半身を下にさせた。小学生はその後嘔吐しなかったが,目の焦点がぼんやりしている感じで,主宰者の呼びかけにも反応がなく,いびきをかき出した。
(エ)その間約10分ほどであり,午後9時20分ころ,主宰者は救急車を要請し,小学生の父親に連絡した。
☆「体落とし」とは,投げる側が,投げ技を受ける側に対し左足後ろ回りさばきで体を左側方に開き,左手を上方外側に引くとともに,
右前腕部を受ける側の左胸部に当てながら斜め前方に押し上げ,受ける側の体重がその右足に集中するよう,受ける側を右前すみに崩し,
右足を受ける側の右足首前から外側に踏み出して交差させ,受ける側の右足首を当てさせながら,右手の押し上げと左手の引きをきかせて,受ける側をその前方へ投げる技である。
そして,「片襟の体落とし」は,通常の体落とし(投げる側が,左手で相手の右袖を,右手で相手の左襟を持つ)と異なり,投げる側が右手で相手の右襟を持つ体勢となる技である。
3 どのようにして脳損傷となったのでしょうか。(クリックすると回答)
(事実経過)
小学生は、昏睡状態となってK病院に搬送され,頭部CT検査で重度の急性硬膜下血腫が認められ,
緊急穿頭血腫除去術により血腫を除去された後,直ちに緊急開頭血腫除去術が行われた。手術において,中央付近の静脈から出血しているのが確認された。
また,フォローCTでは明らかな脳損傷はみられなかった。
同年5月30日まで36度前後の軽度の低体温療法が行われ,
同日の頭部CTでは,右半球に広範な虚血性病変がみられた。
小学生は,その後も肺炎を起こしたり発熱を繰り返したりしたものの,
次第にそれらの身体の状態は安定したため,重度の意識障害が遷延したまま,
同年7月17日,リハビリテーションのために,L病院へと転院した。
(現在の知見)
急性硬膜下血腫は,硬膜下腔(脳と硬膜との間)に出血が起こり,血腫となった状態である。
脳挫傷により脳表の血管が切れ,そこから硬膜下腔に出血する場合と,一時性脳実質損傷はなく,架橋静脈が破綻することにより出血が起こる場合との2つの場合がある。
後者の脳挫傷を伴わない場合の典型は,アメリカンフットボール,ボクシング,柔道などのスポーツ外傷でみられ,5分から10分程度の意識清明期が認められることがある。
スポーツで生じる急性硬膜下血腫の原因としては,次のような発生機序が考えられている。すなわち,頭部や脳はほぼ球形であり,元来容易に回転しやすい構造であるため,
外部からの衝撃のベクトルが中心をずれると回転性の加速度を生じ,
脳の部位によって力のかかる大きさ,方向が異なるため,脳の変形を起こしやすい状態が形成される。
脳自体は形状を保持しようとするため,そこに応力が発生するが,
応力もさまざまな方向を向くため,圧縮,伸展などが組織の至るところで起きてくる。
結果として,脳の広い範囲でひずみ=剪断力が発生する。
これを剪断力損傷というが,頭部に大きな衝撃を受けると,
頭蓋骨と脳のずれにより架橋静脈が強く伸展され,
その力が強いと破綻し,急性硬膜下血腫の原因となる。
ボクシングや柔道で強く倒されたときに,発生しやすい。
上記知見は,内容の詳細について程度は異なるものの,
脳挫傷を伴わない急性硬膜下血腫について,医学的文献はもとより,
スポーツ指導者を対象とした一般的図書や,
柔道整復師によるインターネットのホームページ,
現在使用されている柔道整復師資格を取る際に使用されている文献である外科学概論(平成18年4月20日発行)にも記載されている。
☆ 急性硬膜下出血の発症原因としては,交通事故に多く見られる脳挫傷によるものと,脳挫傷によらない架橋静脈が破綻することにより出血が起こる場合との2つがあります。
スポーツ,とりわけ日本では,柔道による投げ技は回転力を加えるため今回のような架橋静脈破綻による発症に結びつきやすいのです。
4 どのような理由で主宰者の責任を認めたのでしょうか。(クリックすると回答)
心身の未発達な年少者の指導において,柔道指導者にあっては,
内在している危険の発生を予測し,予防すべく,練習過程を踏み,
年少者の体力,技能を十分に把握して,それに応じた指導をすることにより,
柔道の練習などにおける事故の発生を未然に防止して事故の被害から指導を受ける者を保護すべき注意義務を負うというべきである。
そして,乱取り練習においては,実践であるために事故が起きやすく,
とりわけ投げ技で事故が多く発生しており,技能差・体力差の大きい相手を投げる場合にはスピードや技についていくことができず,その危険性が増大するから,
特に自分よりも体力や技能レベルの低い者を投げる場合には,
相手が受身を取りやすいようにゆっくり投げるなど,
相手の技能に配慮しこれに応じた練習をしなければならないといえる。
したがって,本件柔道教室の主宰者で年少者を指導する立場の者にあっては,
年少者の体力,技能を十分に把握して,年少者を相手として投げる場合には,
受身を取りやすいように相手によってはゆっくり投げるなど,
事故の発生を未然に防止して事故の被害から指導を受ける者を保護すべき注意義務を負っていたというべきである。
事故の発生を未然に防止し,事故の被害から指導を受ける者を保護する立場にある柔道指導者においては,少なくとも認識し得る知識であったというべきであるから,
主宰者においても,体落としにより頭部に回転加速度が生じて架橋静脈が損傷し,急性硬膜下血腫が発症するとの結果について予見可能性があったというべきである。
事故防止のために,相手の技量に応じ,相手が受身を取りやすいように力を抑える,
あるいはゆっくり投げるということは各指導書等にも記載されていることでもあり,
そのような投げ方が不可能であるとはいえない。
また,投げ技では頭部に回転加速度がかかることが不可避であるとしても,
必ず本件のような架橋静脈損傷による急性硬膜下血腫が発症するような事故が起こるものではない。
そうであれば,主宰者は,片襟の体落としではなく,
小学生が練習していた大外刈りで投げる,
あるいは,たとえ片襟の体落としをするにしても,
小学生が対応できる程度の力で投げるなどの注意を払って行っていれば,
本件結果を回避することは可能であったといえる。
5 後遺障害に対応する損害賠償水準としてはどうでしょうか(クリックすると回答)
交通事故の訴訟基準で逸失利益,慰謝料を認定しています。
さらに,自賠責基準で言えば1級1号であり,自宅改造費用及び将来の介護費用も認めております。